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大阪地方裁判所 昭和46年(ワ)1381号 判決 1974年5月31日

原告

広瀬勇

外五名

右六名訴訟代理人

石川元也

外二名

被告

日本国有鉄道

右代表者

藤井松太郎

右訴訟代理人

鵜沢勝義

外一〇名

主文

被告が原告大辻保夫、同八木宣彦、同大森隆司、同三原優、同長尾博之に対してした昭和四五年一二月二五日付各戒告処分はいずれも無効であることを確認する。

原告広瀬勇の請求を棄却する。

訴訟費用のうち、原告広瀬勇と被告との間に生じた分は同原告、その余の原告らと被告との間に生じた分は被告の各負担する。

事実

第一、当事者の求めた裁判

一、原告ら

「被告が原告らに対してした昭和四五年一二月二五日付各戒告処分はいずれも無効であることを確認する。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決。

二、被告

「原告らの請求を棄却する。訴訟費用は原告らの負担とする。」との判決。

第二、原告らの請求の原因

一、原告らはいずれも被告の職員として雇用され、原告広瀬は二条駅勤務の構内作業掛、同大辻は京橋車掌区勤務、同八木、同大森、同三原、同長尾はいずれも加古川車掌区勤務の各車掌である。なお、原告らはすべて国鉄労働組合(以下国労という。)所属の組合員であり、かつ昭和四五年三、四月当時、原告広瀬は国労山陰運輸分会分会長、同大辻は同じく京橋車掌区分会書記長、同八木は同じく加古川車掌区分会副分会長、同大森は同分会書記長、同三原は同分会執行委員、同長尾は同分会青年部長の各役職にあつたものである。

二、被告は、その総裁名をもつて、昭和四五年一二月二五日付で、原告ら六名を日本国有鉄道法(以下国鉄法という。三一条一項一号に基づき各戒告の懲戒処分(以下一括して本件戒告処分という。)に付した。

被告がした右戒告処分の理由は、原告らがいずれも日本国有鉄道就業規則(以下国鉄就業規則という。)六六条一七号所定の「著しく不都合な行いのあつたとき」に該当する行為をしたというものであつて、これを各原告ごとにいえば、1、原告広瀬については、「昭和四五年三月二六日二条駅構内において、管理者が無断掲出の組合旗を撤去しようとした際、同原告がこれを妨害したことは職員としてまことに不都合な行為であつた。」というものであり、2、原告大辻については、「昭和四五年四月一四日京橋車掌区において、同原告が管理者の制止を無視して組合旗を掲出したことは職員としてまことに不都合な行為であつた。」というものであり、また、3、原告八木、同大森、同三原、同長尾については、いずれも、「昭和四五年四月二五日加古川車掌区において、同原告らが管理者の制止を無視して組合旗を掲出したことは職員としてまことに不都合な行為であつた」というものであつた。<以下略>

理由

第一まず被告の本案前の主張について判断する。

一およそ、確認の訴は、現在の具体的な権利または法律関係の存否を対象とする場合に許されるものと一般に解されているが、それは当事者間の法的紛争を直接的かつ効果的に解決するためには、通常紛争の存在する現在の権利または法律関係について、国家機関である裁判所が公権的にこれを確認すれば必要にしてかつ十分であり、その前提となる過去の法律関係の存否まで確認することを必要としないことによるのであつて、過去の法律関係であれば当然に確認の訴の対象として適格を欠くということまで意味するものではないと解すべきである。換言すれば、過去の法律関係であつても、それによつて生じた法律効果につき現在紛争が存在し、その抜本的な解決のためにかかる過去の法律関係の存否について確認することが最も有効かつ適切であり、したがつて、その必要もあると認められる場合には、例外的にその存否の確認を求める利益があるものとして、右確認の訴を認めるのが相当である。

二ところで、原告らは、本訴において原告らに対してなされた本件戒告処分(その処分の日、および処分理由は後記第二、一記載のとおり)の無効確認を求めているが、右に説示したところは、このような過去の戒告処分の効力の存否が争われている場合にも同様妥当するものと解すべきであるから、原告らが右戒告処分の無効確認を訴求するにつき右説示の必要性等があるかどうかについて以下考察する。

しかるところ、被告の職員の定期昇給は、毎年四月一日付をもつて実施され、その昇給額が通常四号俸と定められていたこと、その実施のために従来毎年労使間に締結されているいわゆる昇給協定によれば、被告の職員のうち、戒告処分を一回受けた者は右四号俸のうち一号俸を、また該処分を二回以上受けた者は二号俸をそれぞれ減ぜられる取決めになつていること、原告らが昭和四六年四月一日付の定期昇給に際しいずれも一号俸を減ぜられたこと、以上の事実は被告の認めて争わないところである。そして、右事実に、<証拠>を合せると、昭和四六年八月一三日被告と原告ら所属の国労との間に「昭和四六年四月期の昇給に関する協定」が締結され、これに基づき前記同年四月一日付定期昇給が実施されたが、右協定にも昇給欠格条項が定められ、昇給所要期間の一年内に戒告処分を一回受けると前記のとおり一号俸だけ当然昇給額が減ぜられる取扱いとなつていること、および原告らはいずれも本件戒告処分を受けたことを理由に右協定により右定期昇給に際し右のように一号俸減ぜられたが、右減俸による減収は原告らが被告の職員として在職する間継続し、その影響による不利益は右在職中のみならず、将来原告らが退職した場合の退職金、年金等にも及ぶものであること、以上の事実が認められ、右認定に反する証拠はない。

以上の認定事実によれば、原告らは昭和四六年四月一日実施の定期昇給において、本件戒告処分を理由に一号俸だけ昇給額を減額される不利益を受け、原告らが被告の職員たる地位にある間、特別昇給により是正されるなど特段の事情が存在しないかぎり(本件の場合かかる特段の事情の存在を認める証拠は一つもない。)、右不利益は存在するものといわなければならない。

ところで、原告らが本件戒告処分の結果被る右給与上の不利益については、右処分の無効を理由として本来受けるであろう給与との差額の支払いを訴求することによりその権利の回復を受けることも理論的には可能である。しかしながら、被告が右戒告処分の有効を主張するかぎり、原告らは今後昇給に際し、右給与上の不利益を受ける都度、その回復を求めるために給付請求訴訟等を提起しなければならないものというべく、かくては実際問題として原告らに余りにも難きを強いることになるものといわざるを得ない。むしろ、原告らが本件戒告処分を受けた結果、右のように当然に昇給額の減額をきたし、しかも原告らにおいて被告の職員として在職する限り、右減額による不利益が継続し(原告らの退職後も右不利益が及ぶものであることは前記認定のとおりである。)、これがひいて原告らと被告間の雇用関係上の紛議の種となつていることにかんがみれば、右戒告処分は、原告らのいうように単なる過去の法律事実にとどまるものではなく、右のような継続的不利益という現在の法律上の紛争の根源をなしているものとみるのが相当である。そして、右紛争を抜本的に解決するためには、いわば複合的に数多くの権利義務を包摂する継続的法律関係としての原告らと被告間の雇用契約上の特殊性を考慮し、端的に右不利益の右根源をなす右戒告処分の効力の存否を判断し、かつ確認することが最も有効かつ適切な救済方法というべきであり、また紛争解決の直截性および訴訟経済の要請にも合致するものというべきである。

もつとも、原告らが前記のとおり昭和四六年四月一日実施の定期昇給においていずれも一号俸を減ぜられたのは、直接には労使間に締結せられた前記昇給協定に基づくものであるけれども、右減俸の理由は、前判示から明らかなとおり原告らが本件戒告処分を受けたことによるのであつて、右定期昇給の減額による不利益はまさに右戒告処分により生じた効果というべきである。したがつて、右昇給協定の存在を理由に、右不利益は右戒告処分とは別個の事由に基づくものであるとして、原告らにおいて右戒告処分の無効確認を求める訴の利益がないなどと断じ得べきものではない。

三以上のとおりであつて、原告らが本件戒告処分の無効確認を訴求することは、前記説示に照らし許されるべきでり、かつその利益もあるものというべきであるから、原告ら主張の戒告処分と効績章表彰延伸の関係等について判断するまでもなく、原告らの本件戒告処分無効確認の訴は適法というべきである。したがつて、右に反する被告の本案前の主張は採用できない。

第二そこで、原告らの本訴請求の当否について判断する。

一原告らがいずれも被告の職員として雇用され、原告広瀬が二条駅勤務の構内作業係、同大辻が京橋車掌区勤務、同八木、同大森、同三原、同長尾が加古川車掌区勤務の各車掌であること、原告らが国労所属の組合員であり、かつ昭和四五年三、四月当時原告広瀬が国労山陰運輸分会分会長、同大辻が同じく京橋車掌区分会書記長、同八木が同じく加古川車掌区分会副分会長、同大森が同分会書記長、同三原が同分会執行委員、同長尾が同分会青年部長の各役職にあつたこと、被告が、国鉄法三一条一項一号に基づき、その総裁名をもつて昭和四五年一二月二五日原告らを本件戒告処分に付したこと、および右戒告処分はいずれも原告らにその主張の国鉄就業規則六六条一七号所定の「著しく不都合な行いがあつた」(その詳細は請求原因二、1ないし3記載のとおり)ことを理由とするものであること、以上の事実は当事者間に争いがない。

二ところで、被告は、本件戒告処分が行政処分たる性質を有するものであることを前提として、右戒告処分には重大かつ明白な瑕疵が存在しないから、該処分は当然に無効となるものではない旨るる主張する。しかしながら、国鉄法三一条一項一号に基づく右戒告処分は、行政処分ではなくて私法上の行為たる性質を有し、それが違法であれば、その瑕疵が重大かつ明白であると否とにかかわらず、当然にその効力を有しないものと解するのが相当である(最高裁判所昭和四九年二月二八日判決参照)。したがつて被告の右主張は、その前提においてすでに採るを得ないから、結局その余の判断をなすまでもなく失当として排斥を免れない。

三そこで、本件戒告処分に原告らの主張するような無効事由が存するかどうかを、原告らの各行為に照らして以下検討する。

1、原告広瀬関係

昭和四五年三月二六日二条駅構内の下りホーム南端から西南に約一〇〇メートルの地点にある空地に国労山陰運輸分会の組合旗が掲揚されたことは当事者間に争いがない。そして、右事実に、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)、国労は、昭和四五年一月二六日、七日の両日に開催した中央委員会において、当面する十六万五千人の人べらし反合、春闘による大幅賃上げ、安保廃棄の三本の闘う柱を決定し、さらに当面その態勢づくりに懸命に努力することを決定した。一方、国労大阪地方本部でも同年二月二二、二三日の両日にわたり地方委員会を開催し、右同趣旨の決定をし、併せて大阪が全国的統一闘争の中核として闘うことを決定したうえ、同年三月二〇日闘争指令第一号(国労中央本部指令第二八号を引用したもの)を発して傘下の各支部、分会に対し、闘う態勢の強化等を行なうための具体策として、同月二三日以降ステッカー、ビラ、ワッペン着用闘争、組合旗掲揚等の行動を着実に実施することを指令し、なお組合旗については、すべての支部、分会において同月二三日から同月二五日までの間引続きこれを掲出することを指示した。さらに、同地方本部は同月二〇日闘争指令第二号(国労中央本部指令第三〇号を引用したもの)を発して、傘下の各支部、分会に対し、右闘争指令第一号(右中央本部指令第二八号)により組合旗の掲出等の諸行動を強化することを指示した。

(二)、前記山陰運輸分会では、前記各指令等に基づき同年三月二六日午前一〇時ごろから約二時間余りにわたり非番者の集会を開催し、賃上げおよび年度末手当要求その他の当面する問題について検討した結果、二条駅長等の現場長に対し右要求等を記載した申入書を提出することを決めたが、前記分会長である原告広瀬らは右駅長室に赴むき、右申入書を提出するとともに、その趣旨説明を行なつた。

(三)、一方同原告らは、前記分会責任者として、前記闘争指令第二号(中央本部指令第三号)の趣旨にそつた諸活動を強化するための一貫として前記分会の組合旗を掲揚することとし、同日午後零時一〇分ごろ同駅構内の前記空地(いわゆる側線たる京都石油専用線付近)上の抗に、昇降用の滑車およびロープ(麻繩)のつけられた竹竿を針金でくくりつけたうえ、これに、右組合旗を掲揚した。

(四)、しかるところ、右二条駅勤務の総括担当助役小林嘉男は、間もなく右組合旗が掲揚されているのを認めたので、同駅々長山本二郎にその旨を報告したが、右組合旗の掲揚は被告当局の許可を受けることなくなされたものであつたから、同駅長は同日午後零時四六分ごろ前記分会長たる原告広瀬を駅長室に呼び、書面および口頭により右組合旗を直ちに撤去するよう要求した。これに対し同原告は、「組合の指令により組合旗を掲けているのであつて、おろすことはできない。」と述べ、右駅長の右要求を拒否した。

(五)、そして、同原告らは右組合旗を撤去しようとしなかつたので、右駅長から右組合旗を撤去するよう命令を受けた前記小林総括担当助役、井口事務担当助役、小林貨物担当助役の三名は同日午後三時過ごろ前記組合旗の掲揚現場に赴き、右小林総括担当助役において右組合旗撤去のため組合旗昇降用の前記ロープを解きかけた。ところが、これを見つけた原告広瀬と右分会の組合員高垣恭治とが右組合旗の撤去作業を阻止するため、右現場にかけつけ、右助役らに対し、「我々は正当な組合活動をしているのであるから、組合旗に手を出すな。」などと抗議したうえ、右高垣において右ロープの結び目に手指二本をさし入れ、また原告広瀬において右小林総括担当助役の手をつかみ、あるいは払いのけるなど約二〇分間にわたり右撤去作業を妨害したため、右助役らはやむなく右撤去作業を一時中断して、右現場から引き揚げた。なお右組合旗は結局その後一〇分位して右助役らにより撤去された。

以上の事実を認めることができる。右認定を左右し得る証拠はない。

2、原告大辻関係

昭和四五年四月一四日早朝京橋車掌区庁舎二階テラスに同車掌区分会の組合旗が掲揚されたこと、被告当局が右分会に対し、文書をもつて右組合旗の撤去を求め、これに応じないときは管理者の方でその撤去をする旨の通告をしたこと、および右分会が右通告を無視したことは当事者間に争いがない。そして右事実に、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一)、前記のとおり国労本部、および国労大阪地方本部では、被告の人べらし反合、賃上要求等を掲げ、かつ前記中央本部指令あるいは闘争指令等を発して昭和四五年度春闘を計画、実施してきたのであるが、一方被告が同年二月二八日に発表した合理化案で、国鉄片町線の無人化計画を明らかにしたことから、国労はさらに右計画に対処するため、これに直接関係のある京橋車掌区分会等に対し、ストライキ指令等を発する可能性が濃厚であつた。そこで、右分会では、その組織と団結の強化をはかるための準備工作として、前記指令等に従い同年四月一四、一五日の両表を同分会の組織点検日と定め、また大阪城公園で職場集会を兼ねた「団結花見」を実施することを決めた。

(二)、ところで、同分会の前記書記長であつた原告大辻は、右集会等を成功させるためには団結の強化と右集会の趣旨の徹底をはかる必要があり、そのため右一四日右分会の組合旗を掲揚する手はずをととのえたが、被告当局との不必要な摩擦を避けるために、前日の同月一三日右分会の組合員に対し翌一四日早朝に右組合旗を掲揚するよう指示した。そして右組合員は右指示に従い前記のとおり同日早朝前記京橋車掌区庁舎二階テラス東北端の手すりに右組合旗を掲揚したが、間もなくこれを知つた京橋車掌区長乾繋男は同日午前一〇時一五分ごろ右分会長花谷逞一に対し、「管理者の許可なく掲出された組合旗を撤去されたい。本日正午までに撤去されないときは当局の責任で撤去する。」旨記載した申入書(甲第四号証の二二)を交付し、前記のとおり右組合旗の撤去方を右分会に通告した。しかるに、右分会がこれを無視し、同時刻までに右組合旗を撤去しなかつたため、右区長からその撤去を命ぜられた同車掌区の小西孝次郎庶務助役、ほか二名の助役は同日午後一時一〇ごろ右組合旗を撤去したうえ、右車掌区事務室に持ち帰り、右小西助役かこれを保管していた。ところが、原告大辻は同日午後一時五〇分ごろ同助役のもとに赴き右組合旗の返還を求めたので、同助役は同原告に対し、再び組合旗を掲揚しないように注意するとともに、万一掲揚したときは直ちに当局の方で撤去する旨の警告を与えて右組合旗を返還した。しかるところ、同原告はその後間もない同日午後一時五二分ごろ前記組合旗掲揚現場に赴き、再び右組合旗を掲揚しようとしたので、これを発見した右小西助役らにおいて右庁舎一階付近から二階テラスにいる同原告に対し組合旗を掲揚しないよう制止した。しかし、同原告はこれに構うことなく右組合旗を掲揚し、これに対し右助役らも実力をもつてその撤去に取りかかる等のことはせず、一応その場を立ち去つた。なお、右組合旗は結局同日夕刻ごろ被告当局側により撤去された。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。

3、原告八木、同大森、同三原、同長尾関係

昭和四五年四月二五日午前一一時ごろ加古川車掌区構内の自転車置場南側にある空地に同車掌区分会の組合旗が掲揚されたこと、被告当局が右分会に対し、文書をもつて右組合旗の撤去を求め、これに応じないときは管理者の方でその撤去をする旨通告したこと、および右分会が右通告を無視したことは当事者間に争いがない。そして右事実に、<証拠>を総合すると、次の事実を認めることができる。

(一) 国労は、前記のとおり昭和四五年度春闘を計画、実施してきたのであるが、さらに同年四月一八日開催の第八九回拡大中央委員会において、右春闘の最終的手段として同月三〇日にストライキを挙行することを決めるとともに、各職場におけるビラ貼り、組合旗掲揚等の諸活動を強化する旨の当面の行動計画を明らかにした。一方、国労大阪地方本部も同月一四日闘争指令第三号をもつて傘下の各支部、分会に対し、春闘の意義および諸状勢を全組合員に徹底させ、ストライキを闘い抜くための意思統一をすみやかに確立する目的のもとに、同月二〇日以降組合旗の掲揚等を強化することを指示し、また国労姫路支部も、同月二一日同支部闘争指令第六号をもつて、傘下の全分会に対し、同月二四日午前九時を期していつせいに組合旗を掲揚し、別途指示があるまでこれを続けることなどを指示した。

(二)、前記加古川車掌区分会では、以上の指令等に基づき右分会の組合旗を掲揚することを決め、同分会の前記役職にあつた原告八木、同三原、同大森、同長尾は前記のとおり同月二五日午前一一時ごろ加古川車掌区構内の自転車置場南側約一メートルの地点にある空地の抗に旗竿を立てたうえ、その先端に右組合旗を掲揚しようとした。その際右車掌区勤務の助役中谷俊治、同山本義雄の両名はこれを見て右現場付近に赴き右原告らに対し、被告の用地内に組合旗を掲揚することは許されていないから直ちに撤去するように、と申し向けて、右組合旗の掲揚を制止したが、右原告らは右制止を無視して組合旗の掲揚を完了した。そこで、同車掌区長井ノ元勉は同日午後二時三〇分右分会長土肥千穀に対し、「管理者の許可なく組合旗を掲揚することは、厳に禁止されている違反行為であるから、右組合旗は午後四時までに撤去されたい。万一これに応じないときは当局の責任において撤去する。」旨記載した申入書(甲第五号証の一)を交付し、前記のとおり右組合旗の撤去方を右分会に通告したが、右分会はこれを無視し右撤去の指示に従わなかつた。

以上の事実を認めることができる。右認定に反する証拠はない。

4、そこで、原告らの前記各行為が、その主張のように組合活動として正当なものであるかどうかについて、さらに考察する。

(一)、<証拠>によれば、被告は昭和三九年六月三〇日付職達第二号をもつて、職員管理規程(同年四月総裁達第一五七号)五四条一項一七号に基づき、部内規程たる本件基準規程を設け、労働組合および職員の組合活動等に関する事項については右職員管理規程によるほかこの規程によるものと定め(一条)、さらに被告の施設内における組合掲示板の設置、あるいは組合事務所の貸与申出に関する許可ないし取扱いについて定めているが(一六条、一九条)、このほか右基準規程は「一、右許可にかかる組合掲示板に掲示される労働組合の掲示類は日本国有鉄道の信用を傷つけ、政治活動を目的とし、または同人を誹謗し、もしくは事実に反するものであつてはならない。二、職員は、右組合掲示板以外の場所に労働組合の掲示類を提出してはならない。三、前各項の規定に違反する掲示類はすみやかに撤去し、または組合掲示板の使用を停止するものとする。」旨(一七条)、また「所属長または箇所長は、前条三の規定により掲示類(前条二の規定に違反するものを除く)を撤去し、または組合掲示板の使用を停止する場合は、当該組合または掲出責任者にその旨を通知してこれを行なわせるものとし、これに応じない場合は、通告した後所属長または箇所長において行なうものとする。」旨(一八条)、さらに「所属長または箇所長は労働組合から正規の組合活動のため集会所その他構内等の一時的な使用について申出があつた場合は、次の各号すなわち、(1)、業務上の支障またはそのおそれがないこと、(2)、使用の目的、責任者名、時間等が明らかなこと、(3)、明渡を必要とするときは直ちに原状に復し得ること、(4)、利用が終了したときは、直ちに整理のうえ返還すること、を条件として右申出を認めることができる。」旨(二〇条)それぞれ規定していることを認めることができる。<証拠判断略>

右認定事実によれば、被告の職員は本件基準規程一七条により組合掲示板以外の場所に労働組合の掲示類を掲出することを一般に禁止されているところ、前記各分会組合旗は労働組合の右掲示類に包含されるものと解されるから、原告らが前叙認定のとおり被告の施設内にそれぞれこれらの組合旗を掲揚するなどしたことは右基準規程に抵触する行為であつたといわなければならない。

(二)、ところで、原告らは、右基準規程は、その性質からみて単に被告の職制に対する内規にすぎないばかりでなく、また内容的にも被告の供与にかかる組合事務所および掲示板以外の被告の施設内における組合活動を一律かつ無制限に禁止せんとするもので、なんらの合理性もないとして、被告の職員である原告らはこれに従う義務がない旨の主張をし、証人酒井一三、同本多淳亮は右主張に添う証言をしているので、以下右主張の当否について検討する。

(1)、およそ被告の職員は、その職務を遂行するについて、誠実に法令および被告の定める業務上の規程に従うべきものであつて、このことはいわゆる服務の基準として法定されているところである(国鉄法三二条)。そして、<証拠>によれば、被告は、前記部内規程として昭和二四年一〇月二四日国鉄就業規則を作成しているが、被告の業務機関は区々であつて、就業上適用される法令およびいわゆる令達もきわめて多数にのぼることなどから、右就業規則上、これに法令および令達を合せて就業に関する規則を構成する建前をとり、これが作成については、労働基準法八九条により労働省労働基準局の了解を得、またこの規則を届出るにつき同法九〇条により国労本部の意見を聞きその諒解を得ていること、および右就業規則も国鉄法の前記規定をうけて、「職員は(中略)所属上長の命令に服し法規、令達に従い誠実に職務を行なわれなければならない。」(「服務の根本基準」、同規則四条)旨定めていることが認められる。以上の国鉄法および国鉄就業規則の各規定等に照らすと、前記「総裁達」たる職員管理規程に基づいて設けられた本件基準規程(職達第二号)は、原告らのいうように単に職制に対する内規に過ぎないものではなく、とりわけ被告の職員が組合掲示板以外の場所に労働組合の掲示類を掲出することを禁止した同規程一七条は、職場秩序維持のための服務規律を定めた前記業務上の規程であつて、被告の職員において一般にこれを遵守すべき義務を負うものと解するのが相当である。

(2)、次に、被告は、もともと国が国有鉄道事業特別会計をもつて経営している鉄道事業等を経営し、能率的な運営によりこれを発展せしめ、もつて公共の福祉を増進することを目的として設立された公法上の法人であり(国鉄法一、二条)、その施設がいわゆる営造物として公共の用に供せられるものであることはいうまでもない。ところで、被告において右鉄道事業を安全、迅速かつ正確に運営すべきことは、その本来の使命というべきであるから、被告が右設立目的に従つてその使命を達成するために、右営造物たる右施設の使用に関し、その有する管理権に基づいてなんらかの規程を設け、これにより職場の秩序の維持ないし確保等をはかることはもとより相当であり、またその必要性もあるものというべきである。しかるところ、本件基準規程が被告の有する右管理権に基づいて設けられたものであることは明白であるが、その内容が原告らのいうように合理性を欠き、ひいて右基準規程自体の効力を疑わせるものとはたやすく考えられない。けだし、被告の職員あるいは組合による右施設内での自由かつ無制限な組合活動を容認すべき実定法その他による別段の根拠の認め難い本件においては、右組合活動といえども一定の制約を免れないことは当然というべきところ、右施設が前記のとおり営造物として公共性を有すること、および右組合活動のために前記組合事務所ならびに掲示板の供与がなされていることを考慮すれば、被告が右基準規程の前記各規定により、右組合活動のための右施設構内の一時利用、あるいは右施設内での掲示類の掲出について、これを前記のとおり制限し、もしくは禁止しているのは、前記管理権の行使としてやむを得ない措置であり、これを目して右組合活動を一律かつ無制限に禁止せんとする不合理なものとはたやすく断じ得ないからである。

(3)、以上説示のような本件基準規程の性質、効力に照らし、被告の職員である原告らはこれを遵守すべき義務を負うものというべきである。したがつて、右に反する見解に基づく原告らの前記主張は採用できない。

(三)、そうすると、被告の職員である原告らが前記のとおりそれぞれ被告の前記施設内で前記各分会の組合旗を掲揚するなど本件基準規程に抵触する行為をしたことは、被告の右施設の使用に関し原告の遵守すべき義務に違反するものといわなければならない(もつとも、被告は、原告らの右各行為は、その主張の昭和二四年七月二日付通達にも違反するというが、<証拠>によれば、右通達は被告の総裁が各鉄道局長その他に対して発したものであることが認められ、これが被告の職員を直接法的に拘束し得るものとは到底解されないから、右通達に対する違反をもつて原告らを問責し得る限りではない。)

(四)、ところで、原告らの右各行為が右基準規程に抵触し、その遵守すべき右義務に違反することから、直ちに組合活動としての正当性を失なうものといえるかどうかについては、さらに検討する必要がある。右に関し、原告らは、いわゆる闘争時に被告の施設内に組合旗を掲揚することは、従来慣行化し、もしくは被告においてこれを黙認していたものであるとして、右基準規程の内容、効力のいかんにかかわらず、原告らによる前記各分会組合旗の掲揚行為は正当な組合活動である旨の主張をするが、これを認め得る的確な証拠がない。かえつて、<証拠>によれば、原告らの勤務する前記二条駅、および京橋、加古川各車掌区においては従来その施設内に管理者の許可なく組合旗の掲揚がなされたときは、その都度管理者側から文書もしくは口頭により撤去の申入がなされ、これに応じないときは管理者の方で撤去した事例の存することもうかがわれるから、右のような組合旗の掲揚が慣行化し、もしくは黙認されていたものということはできない。そうすると右慣行等の存在を前提とする原告らの前記主張は採用できない。

しかしながら、他方証人本多淳亮の証言によつて認められるように、わが国の労働組合はほとんどがいわゆる企業内組合の形態をとつているから、労働者あるいは労働組合が組合活動のために企業施設をある程度まで利用することはやむを得ないところであり、一方使用者においてこれを受忍すべき必要のある場合の存することは否めないところであつて、このことは被告の場合についても同様である。現に、本件基準規程は、前記のとおり組合事務所等の供与のほか、被告の所属長らが、正規の組合活動のために被告の構内等を組合に一時利用させる場合のあることを定めているが(一六条、一九条、二〇条)、右はまさに上述した理由に基づくものであるといわなければならない。のみならず、右組合活動のなかでもことに組合旗の掲揚は、通常一般に、組合員の団結を維持、高揚するための基本的な手段として行なわれるものであることが明らかであるから、企業施設内でのかかる組合旗掲揚行為の組合活動としての正当性の有無を判断するについては、わが国における右組合活動の実態等に照らし、単に右組合旗の掲揚が使用者の有する施設管理権によつて制限もしくは禁止されているという一事からだけではなく、当該組合旗掲揚の目的、態様、本数、場所、および組合旗の掲揚によつて使用者の受ける支障の程度等の具体的諸事情を総合勘案して決すべきものと解するのが相当である。もとより、かかる組合旗の掲揚される施設そのものが営造物として前記公共性を有する本件のような場合においては、右判断にあたりこの点の考慮も省き得ないものといわなければならない。

(五)、そこで、上述したところを原告らの前記各行為についてそれぞれ具体的に考えてみる。

(1)、まず、原告広瀬は前記のとおり国労山陰運輸分会の分会長であつたところ、前叙認定に徴すれば、同原告は国労本部、大阪地方本部の指令等に従い、前記春闘の一環として前記年度末手当等の要求を貫徹するために前記二条駅構内に前記分会組合旗の掲揚を行なつたものであるが、右組合旗の掲揚は管理者の許可を求めることなくなされたものであるために、前記小林総括担当助役らにおいてこれを撤去しようとしたものであることが明らかである。

ところで、右小林総括担当助役らの右組合旗撤去行為が本件基準規程一七条に基づいてなされたものであることはいうまでもないところ、前記のとおり右組合旗は一本しか掲揚されておらず、しかもその掲揚の場所が京都石油専用線という二条駅構内のいわゆる側線付近であつたことなどの事情を考慮すれば、同助役らの右撤去行為は、右基準規程によつたものであるとはいえ、前記説示に照らし、その運用の仕方においていささか柔軟性を欠く措置であつたとのそしりを免れ得ないものというべきである。しかしながら、原告広瀬は、前記のとおり同助役の手をつかんだり、またこれを払いのけたりなどして、他の組合員とともに約二〇分間にわたり右撤去行為を妨害し、同助役らをして右組合旗の右撤去を断念せしめたものであつて、同原告がこのようにいわば有形力を行使して右撤去を妨害したことは、それ自体行過ぎというほかはないから、それを目して正当な組合活動の範囲を逸脱するものでないとはにわかに断ずることができない。

(2)、次に、原告大辻は、前記のとおり国労京橋車掌区分会の書記長であつたところ、前叙認定によれば、国労本部等の前記指令等に従い前記職場集会等における組合員の団結を維持、高揚するために、昭和四五年四月一四日午後一時五二分ごろ前記京橋車掌区庁舎二階テラス東北端の手すりに同車掌区分会の組合旗を掲揚したこと、および右組合旗の掲揚は、前記管理者らの前記警告、制止等を無視し許可なくなされたものであることが明白である。ところで、被告の事業の前記公共性にかんがみると、通常その職員の執務の場所であつて、右事業との関連性が密接であると認められる庁舎建物内の組合活動については、一般に本件基準規程による厳重な規制が加えられてもやむを得ないものと考えられる。しかしながら、本件の場合には、同原告が前記組合旗を掲揚した場所は、右のように車掌区庁舎建物内ではあるが、<証拠>によれば、右組合旗の掲揚された前記京橋車掌区庁舎二階テラス付近は乗務員の執務の場所ではなく、その休養室、詰所等であつたこと、および右テラス部分は、国鉄片町線京橋駅ホームの西半分の部分と、その間に線路三本(片町行列車線路一本を含む)を隔てて南北に相対する位置にあり、またその東側を南北に走る国鉄環状線の京橋駅ホームとは、その間に同駅駅舎等を挾んで少なくとも数十メートルの距離、間隔があることが認められるから、右組合旗の掲揚によつて被告の職員の執務上、あるいは列車運行上別段支障あるいは妨害を生じ得る状況にはなく、また乗降客に対しとくに目ざわりとなるような状況にもなかつたものというべきである。のみならず、<証拠>によれば、もともと前記分会には組合事務所もなかつたところ、右分会が従来組合活動のために前記組合旗を掲揚する場合には、右庁舎建物前の空地の木にこれをくくりつけていたのであるが、昭和四〇年ごろ右庁舎が拡張され右空地がなくなつたため、右組合旗掲揚の場所として右庁舎建物を利用するようになつたものであることが認められる。

以上の認定事実に、前記のとおり前記昭和四五年四月一四日原告大辻が掲揚した組合旗は一本にすぎず、しかも同日夕刻ごろ撤去されたこと、および右組合旗の掲揚により別段右庁舎建物が損傷を受けた形跡も見当らないことを合せ考慮すれば、前記説示に照らし同原告の右組合旗の掲揚行為は、前記のとおり本件基準規程に抵触するが、いまだ正当な組合活動の範囲を逸脱していないものとみるのが相当である。

(3)、さらに、原告八木、同大森、同三原、同長尾は前記のとおり加古川車掌区分会の前記各役職にあつたところ、前叙認定に徴すれば、右原告らも、国労本部等の指令等に従い、昭和四五年四月二五日午前一一時ごろ加古川車掌区構内の自転車置場南側の空地に右分会の組合旗を掲揚したこと、および右組合旗の掲揚は前記管理者らの制止を無視して許可なくなされたものであることが明白である。しかしながら、<証拠>によれば、右自転車置場の南側一帯には、前記加古川車掌区庁舎があるほか、国鉄宿舎が散在し、加古川駅およびその付近を通過する山陽本線等の線路とは、近いところでも数十メートルの距離、間隔があり、したがつて、右組合旗の掲揚によつて直接加古川駅付近を通過する山陽本線等の列車の運行を妨害し、あるいは乗降客等の目ざわりになるというような状況にはなかつたことが認められる。

以上の認定事実に、前記のとおり原告らの掲揚した組合旗が一本にすぎなかつたことを合せ考慮すれば、右原告らの右組合旗掲揚行為は、本件基準規程に抵触するが、前記説示に照らしいまだ正当な組合活動の範囲を逸脱するものではないとみるべきである。

(六)、そうすると、原告広瀬が前記組合旗の撤去を妨害した行為は、正当な組合活動の範囲を逸脱し、違法なものであつて、国鉄就業規則六六条一七号所定の「著しく不都合な行いがあつたとき。」に該当するものというべきであるから、被告がその総裁名をもつて、国鉄法三一条一項一号を適用し、同原告を前記戒告処分に付したのは相当であつて、右戒告処分は有効であるといわなければならない。原告らは、原告広瀬に対する右戒告処分は憲法二八条、労働組合法七条一号および三号に違反し無効である旨主張するが、右主張は同原告の右行為が正当な組合活動であることを前提とするものであるところ、同原告の右行為が正当な組合活動の範囲を逸脱する違法なものであることは右説示のとおりであるから、右主張は採用できない。

次に、原告大辻、同八木、同大森、同三原、および同長尾の前記各組合旗掲揚行為は前記のとおりいずれも正当な組合活動の範囲に属するものというべきところ、被告において、右原告らの右各行為につき右国鉄就業規則、および右国鉄法の各規定を適用し、右原告らをいずれも前記戒告処分に付したのは、同原告らが正当な組合活動をしたことを理由とするものであつて、少なくとも右戒告処分は同原告らに対する労働組合法七条一号本文所定の不利益な取扱いに該当するものというべきであるから、右戒告処分が、原告らのいうように同条三号の規定に触れ、あるいは憲法二八条に違反する行為であるかどうかを判断するまでもなく、不当労働行為として無効というべきである。

第三結論

以上の次第であるから、原告らの本訴請求中、被告に対し原告広瀬を除くその余の原告らが、同原告らに対する前記各戒告処分の無効確認を求める部分は正当として認容すべきであるが、原告広瀬が、同原告に対する前記戒告処分の無効確認を求める部分は失当として棄却すべきである。よつて、訴訟費用の負担について民事訴訟法八九条を適用して主文のとおり判決する。

(日高敏夫 砂山一郎 三島昱夫)

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